AIで何かを作ろうとするとき、最初に出てくる壁があります。
「これ、もう世の中にあるよな」
という気持ちです。
記録アプリ。タスク管理。メモアプリ。在庫管理。チェックリスト。 調べれば、似たものはたいてい出てきます。
そして、こうなります。
「わざわざ自分で作る意味あるのか」
「すでにあるなら、それを使えばいいのでは」
「自分が作っても、劣化版になるだけでは」
私も、ここで何度も手が止まりました。
でも、いまは考えが変わっています。
完成品として世に出すためではなく、自分が仕組みを理解するためなら、車輪の再発明でいい。
この記事は、その理由の話です。
すでに似たサービスがあると、なぜ作る手が止まるのか
車輪の再発明でも、自分で作る意味がある理由
非エンジニアがAIと一緒に開発するときに得られるもの
「完成度」よりも「動くところまで持っていく経験」が大事な理由
作る前に、手が止まる理由
AIに相談しながら何かを作ろうとすると、最初は楽しいんです。
「こういう仕組みがあったら便利かも」
「この作業、自動化できるかも」
そう思って調べ始める。
そして、少し検索した瞬間、似たサービスがずらっと出てくる。 気持ちは一気に冷めます。
「もうあるなら、作らなくていいか」
「プロが作ったものの方が良いに決まっている」
自然な反応だと思います。
特に非エンジニアは、もともと開発に自信があるわけではありません。 すでに世の中にあるものを見ると、作る前から負けた気持ちになる。

でも、ここで一度、考え直してみてほしいんです。
目的が違えば、作る意味も変わる
完成品として売るなら、既存サービスとの比較は必要です。 何が良いのか。誰が使うのか。お金を払ってもらえるのか。
でも、最初からそこを目指さなくていい。
自分の目的が、
- 仕組みを理解したい
- AIと開発する流れを経験したい
- 自分用に小さく使いたい
- 作って動くところまで体験したい
なら、似たものが世の中に100個あっても、関係ありません。
むしろ、車輪の再発明でいい。
自分で作ると何が見えるか
自分で作ると、裏側が少し見える
市販のサービスを使うだけなら、見えるのは画面に表示されている部分だけです。
自分で作ろうとした瞬間、見える世界が変わります。
- どんな情報を入力するのか
- その情報をどこに保存するのか
- 間違って入力したときはどうするのか
- スマホで見たときに使いやすいか
- 他人に見られて困る情報はないか
ひとつずつ、考えざるをえなくなる。
これは、完成品を使うだけではなかなか得られない感覚です。自分で作ることで、サービスの裏側が少し見えるようになります。
普段なにげなく使っているアプリへの見方まで変わります。 「ああ、これ、裏でこういう苦労をしてるんだろうな」と。
AIと作ると、考え方も鍛えられる
AIに開発を手伝ってもらうにも、「アプリを作って」では動きません。
- 何を作りたいのか
- 誰が使うのか
- どんな情報を入れるのか
- どう表示したいのか
- どこまで作れれば一旦OKなのか
これを自分で考えて、伝える必要があります。
そして、この整理する力。 仕事にもそのまま効いてきます。 ここが、非エンジニアにとって一番大きな学びだと思っています。
動くところまで持っていく経験が大事
作り始めるだけなら、簡単です。 AIに聞けば、コードのたたき台も、画面のイメージも、フォルダ構成も出てきます。
本当の勝負は、そこからです。
- エラーが出る
- 表示が崩れる
- 思った通りに保存されない
- スマホで見たら使いにくい
- ログインまわりでつまずく
必ず、出ます。全部、私も踏みました。
そこで止まらずに、AIに相談しながら直して、小さくてもいいから「動く」ところまで持っていく。

完璧なサービスを作ることより、自分で考えたものが実際に動くところまで行くこと。そこに大きな価値があると感じています。
初めて自分の作ったものが動いた瞬間のことは、たぶん一生覚えています。
作ったものをどう扱うか
既存サービスを使うことと、自分で作ることは別
念のため言うと、すべてを自作すればいいとは思っていません。
実際に使うだけなら、既存サービスのほうが早い。 仕事で安定して使うなら、実績のあるサービスのほうが安全。

既存サービスを使うのは、便利さを得るため。自分で作るのは、仕組みを理解するため。目的が違います。
目的が違うのだから、「すでに世の中にあるから作る意味がない」にはならないんです。
作ったものを公開しなくてもいい
もうひとつ。 AIで作ったものを、公開する義務はありません。
自分用でいい。家族用でいい。途中で止めてもいい。
大事なのは、
- なぜ作ろうと思ったのか
- どこまで作れたのか
- どこでつまずいたのか
- 何を学んだのか
- 公開するかしないかをどう判断したのか
を残すことです。
私も家族用のWebアプリを作りましたが、一般公開はしないと判断しました。 それでも失敗ではありません。
作ったことで、AIとの開発の流れ、情報を扱う責任、運営することの重さが分かった。 それだけで、十分に元が取れています。
車輪の再発明でいい
すでにあるものを、もう一度自分で作ってみる。
効率だけで見れば、遠回りです。 でも、非エンジニアがAIで開発を学ぶなら、その遠回りにこそ意味があります。
最初から、誰も作っていない新しいものを狙わなくていい。
- まずは、自分が欲しいと思ったものを作ってみる
- 似たものが世の中にあってもいい
- 小さくていい
- 自分用でいい
- 公開しなくてもいい
AIに相談しながら、実際に動くところまで持っていく。 その経験は、誰にも奪われずに自分の中に残ります。

まとめ:作る意味は、完成品だけにあるわけではない
すでに似たサービスがあると、作る意味がないように感じます。 私もそう思って、何度も手を止めてきました。
でも、作る意味は完成品だけにあるわけではありません。
自分で考える。AIに伝える。エラーを直す。動くところまで持っていく。使ってみる。判断する。この一連の流れを体験することに意味があります。
車輪の再発明でもいい。 一度、自分の作りたいものをAIと一緒に作ってみる。
そこから見えるものは、思っているより多いです。
作る前に何を考えておくといいかは「非エンジニアでもアプリを作れる時代に、作る前に考えたいこと」に、実際に作ってみた記録は「AIと一緒に家族用の記録アプリを作ってみた話」にまとめています。